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大阪地方裁判所岸和田支部 昭和45年(モ)173号 判決

申請人 深井弥之助

右訴訟代理人弁護士 志賀親雄

右同 北川邦男

右同 八代紀彦

右同 栗原良扶

被申請人 大津工業株式会社

右代表者代表取締役 臼谷陽三

右訴訟代理人弁護士 米田実

右同 小沢礼次

右同 辻武司

主文

申請人が保証として金一千万円を供託することを条件として申請人被申請人間の当裁判所昭和四五年(ヨ)第七一号新株発行差止仮処分事件につき当裁判所が昭和四五年五月二二日になした仮処分決定はこれを取消す。

申請人の本件仮処分命令の申請は却下する。

申請費用は申請人の負担とする。

この判決は第一項に限り仮にこれを執行することができる。

事実

(当事者双方の申立)

申請人訴訟代理人等は、主文第一項掲記の仮処分決定を認可する、訴訟費用は被申請人の負担とする旨の判決を求め、

被申請人訴訟代理人等は、主文同旨の判決ならびに主文第一項掲記の仮処分決定の取消についての仮執行の宣言を求めた。

(当事者双方の主張)

第一、申請人の申請の理由

一、申請人は被申請会社の八、九〇〇株の株主であったところ、同会社取締役会は昭和四五年五月二日、記名式額面普通株式八〇、〇〇〇株を発行し、発行価額を一株につき六五〇円とし、これを全部大阪中小企業投資育成株式会社に割当て、払込期日は昭和四五年五月二七日とする旨の決議をなした。

しかし、右取締役会の決議にもとずく新株発行は株主以外の第三者である右投資育成会社に対し「特ニ有利ナル発行価額」をもってする新株発行であり商法二八〇条の二第二項に違反する。しかして、被申請会社の右決議時における適正な一株の価額は一、二八〇円以上であるので、右新株発行がなされれば被申請会社に不利益を生ぜしめるとともに、現に申請人が保有する株式の価値が大幅に低下することになり、およそ二、五九〇、〇〇〇円の損害を蒙り、かつ、申請人保有株式の収益価値や、配当額の減少を生じ著しい損害を蒙ることになるのである。

二、そこで、被申請会社の一株の価額が一、二八〇円以上であることの理由を述べることとする。

(一) 非上場株式の価額は公開市場が存在せずそこでの決定をみることがないので、その価額を考えるについては、通常投下資本に対する利回りはどのくらいか(配当率)との点に着眼した配当還元方式、現在および将来予想される収益はどのくらいか(収益力)に着眼した収益還元方式、どのくらいの資産があるか(純資産)に着眼した純資産方式の三つの方法がある。

これらの考え方はいずれもそれぞれの意味があるが、一つの要因のみをとらえ、他の要因を無視している点において欠かんがある。

そこで上場会社のうちから当該非上場会社の業種と類似した業種の上場会社を選び、それらの株式の時価の平均値をもとにし、右三つの要因をいずれも考慮したうえで、当該非上場会社の株式の価額を決定する類似業種比準方式が最も妥当であると考えられる。

仮りに、右類似業種比準方式のみを採用するだけでは不十分と考えられるならば、右類似業種比準方式に他の方式を併用する方法を採るべきである。

(二) 以上の点を考慮して、申請人としては右時点における本件株式の一株の価額は、

1 まず第一次的に類似業種比準方式により約一、九〇〇円程度である。

2 仮りに右類似業種比準方式のみを採用せず、他の方式を併用するときは、この場合における、一株の価額は、約一、六〇〇円程度である。

3 仮りに、本件の場合において、配当還元方式を採用すべきものであるとの考え方が成立するとしても、この場合における一株の価額は、最低一、二八〇円位から、一、四一〇円位までの間の価額である。

以下にその理由を述べることにする。

(三) 類似業種比準方式によった場合については次のとおりである。

国税庁発行の「類似業種比準方式計算上の業種および配当金額等の平均額」の昭和四四年七月における数値に基づいた計算方法(計算式は国税庁相続税財産評価基本通達による)によると

(イ) 卸売業を適用したとき

(平均額の数値)

A株価一、二三〇円 B配当 六六円C利益(課税前)二七〇円 D純資産一、五三〇円

(計算式)

(結論)

より低い①式の結果である二、一二三円をもって株価とする。

(ロ) 毛紡織業を適用したとき

(平均額の数値)

A株価一、〇一〇円 B配当 五七円C利益(課税前)二三〇円 D純資産一、六七〇円

(計算式)

(結論)

より低い①式の結果である一、八七五円をもって株価とする。

以上のようになるが、被申請会社は自から卸売業として法人税の納税申告をしているのであるから卸売業として算出しなければならず、その時の株価は二、一二三円となる。

しかし、被申請会社の業務は全部が卸売業ではなく、製造業の部分も一九%程あるので、ここでは低い方の価額を重くする意味でこの二つを平均した一、九九九円の端数を切捨て、約一、九〇〇円程度を以て右の価額とする。なお、申請人が昭和四五年一〇月三一日に買受けた被申請会社の株式の評価について泉大津税務署がこれを一株二、二六五円と査定したことを考慮されたい。

(四) 諸方式を綜合した場合の価額は次のとおりである。

前述した配当還元方式、収益還元方式、純資産方式、類似業種比準方式の各算定方式はそれぞれ特色持ち、それぞれ独自の根拠を持つ考え方であって一つのみが正当で他はすべて誤りであると断定しうるような筋合のものではない。いずれの要素をも考慮に入れて綜合的にこれを考えるのが適切妥当である。

申請人が援用したすべての鑑定(疏甲三二号証の一、二(住之江鑑定)、疏甲三〇号証(伊達鑑定)、疏甲二九号証(高寺鑑定)、疏甲三一号証(諸井鑑定))の評価群の中から、最低一、二八〇円最高二、四〇〇円の間で、その中間的なものとして、住之江鑑定の如く一、六〇〇円程度をとらえてこれをもって本件株式の株価と考える。

(五) 配当還元方式によった場合の価額は次のとおりである。

1  高寺鑑定によれば投資育成会社が引受けた株式を将来放出する場合には、もしその全部が第三者に割当てられた場合には配当証券的性格を持つので、その引受価格は配当還元方式により一、三〇〇円程度となるが、これが旧株主に割当てられる場合にはその旧株主にとっては財産証券的性格を持つので、その引受価格は純資産方式により二、四〇〇円程度であるとする。

いま、放出する株式の一部が一般第三者に放出され、一部が旧株主に売り戻された場合を考えてみると次のような不都合がおきる。

即ち、一般第三者は配当還元方式により投資育成会社が決定する放出価格により新株主となるが、旧株主は株式引受の当初に純資産方式の算定によればもっと高い価額であったであろうに、配当還元方式によって引受価額を低く定められた結果新株主は旧株主の持分の価格より安い値段で株主権を取得することになるであろう。従って、被申請会社の如く配当還元方式による場合と純資産方式による場合とで株式価額の評価に大きな差異がある場合には、投資育成会社の株式を放出する対象は一般第三者のみに限られると云う保証がない限り、右のような新株主と旧株主との間に大きな利害関係の差を生ずることとなるのである。

このような点から申請人は配当還元方式を採るべきではないと考える。

2  また、配当還元方式はその他多くの問題点があるが、高寺鑑定の一、三〇〇円前後、諸井鑑定の一、二八〇円と一、四一〇円の間、神戸鑑定の一、三九〇円と算定される限度、および住之江鑑定が本件株式の株価を一、六〇〇円程度とし、一方実際の増資にあたっては現実の証券市場における実例にならない、その一五%を下廻った一、三六〇円程度を発行価格としていることを考慮して、配当還元方式による場合の株式の価額は最低一、二八〇円位から、一、四一〇円位までの間の価額であると考える。

三、商法二八〇条の二第二項は、株式会社の授権資本制度のもとにおける第三者に対する新株発行に関する諸問題について、会社資金調達の便宜と株主の利益保護という二つの要請の調和をはかるために設けられた規定であるから株主総会の特別決議を要するか否かの判断にあたっては客観的且つ画一的に判断をなし株主の利益を不当に損うことのないよう解釈すべきものである。したがって「特ニ有利」と定めたのも適正なる発行価額の算定が容易でないことを予想して無用の混乱をさけるためであって、当該発行価額と適正なる発行価額と比較して当該発行価額が適正なる発行価額より有利である(差がある)と明らかにいいうるならば「特ニ有利ナル発行価額」であるというべきである。

また、中小企業投資育成会社であっても本条の第三者であることに変りはなく、一般の第三者に対すると同じ基準により右の判断をさるべきである。

四、以上の如く、被申請会社のなした本件新株発行は商法二八〇条の二第二項に違反するので、同法二八〇条の一〇にもとずき本件新株発行の差止を求めるものである。

第二、被申請人の答弁および主張

一、申請人の申請の理由一項のうち申請人が被申請会社の八、九〇〇株の株主であること、および、被申請会社取締役会が申請人主張のとおりの新株発行の決議をなしたことを認め、その余は争う。同二項ないし四項の主張はすべて争う。

二、被申請会社の株式の適正な評価額は一株六五二円であり、本件新株発行における発行価格(一株六五〇円)は「特ニ有利ナル発行価額」には当らず、株主総会の特別決議を必要としないところであって、申請人の法令違反の主張は失当である。

(一) 被申請会社が本件新株発行に及んだ事情

1  被申請会社が昭和三五年一月大津毛織株式会社の全額出資により資本金一千万円で設立され、その後三回の増資により資本金は五千万円となり、現在まで八年間はこの資本金を維持してきた。

2  被申請会社は毛布の製造販売を営む会社であるが、日本における毛布製造量の九五~九八%は被申請会社の本社、工場の所在する泉大津地区で生産されている。

しかしながら、右地方における毛布製造業者はいずれも零細企業であるため、昨今の労働力の不足による人件費の高騰、更には貿易の自由化を迎え、この期を乗り越えるためには設備の近代化を計り、根本的な企業の構造改革が必要となった。

この毛布業界の近代化については通産省でもその必要性を認め、中小企業近代化審議会において毛布製造業近代化基本計画が審議され、この計画案の可決と同時に被申請会社もその特定業種としての指定を受けた。

そこで被申請会社は、設備の近代化、経営基盤の強化を中心に、昭和四五年を初年度とする「三ヶ年計画」を立てると共に通産大臣に対して「毛布製造業構造改善計画書」を作成提出したが、右計画を実施するためには総額約二億六千万円、さしあたり初年度分として九八五〇万円の資金を要することになった。そこで右資金の調達について検討した結果、被申請会社は自己の資本比率が低いため経営基盤を強化するには自己資本の充実を図る必要があり、このために昭和四五年に四千万円の増資を実施し、他を借入金により調達することとした。

3  右増資の実施につき、被申請会社の取引銀行である住友銀行に相談し、設備投資計画及び将来は株式の上場を目指していることを述べたところ、同銀行で右の如き事情による増資新株を引受ける公的な機関として中小企業投資育成会社があることを教えられた。そこで、被申請会社は昭和四五年二月一〇日大阪中小企業投資育成会社に対して本件投資の依頼をした。

4  その後育成会社の要求により被申請会社は審査資料を提出し、育成会社は右資料に基づき三ヶ月に亘り実際に被申請会社について会社の沿革、経営者業界での地位、会社の成長性、資産などの綿密な調査をして、増資の必要性、投資対象企業の条件の有無などの審査をした。このようにして昭和四五年四月三〇日被申請会社に対して引受価額を一株六五〇円として投資決定をし、その旨通知してきた。そこで被申請会社は、昭和四五年五月二日右通知前に照会した大和証券の、育成会社の評価に従ったのが一番適正である旨の回答と育成会社からの右評価決定は適正であり株主総会の決議は必要でないとの意見にしたがい取締役会で本件新株発行を決議したのである。

(二) 中小企業投資育成会社の性格及び同社が引受けた株式の特殊性について

1  中小企業投資育成会社の性格

我国の産業を支えている中小企業の経営の安定を図る為には中小企業の設備の近代化と経営基盤の強化をはかることが急務であり、そのためには先ず中小企業が自己資本を充実することが必要である。ところが、中小企業はその株式を市場に上場していないために証券市場を利用して資本を導入することが出来ず、又、他の資金力ある企業から多額の資本導入を受けるならば、常に大企業による経営支配(いわゆる乗っ取り)におびえることとなり、これらの点を考えると中小企業の資本調達は非常に困難である。そこで昭和三八年六月第四三通常国会において「中小企業投資育成株式会社法」が制定され、この法律に基づき中小企業に資本導入の道を開きそれを育成するために、中小企業の発行する増資新株の引受けを行う機関として同年一一月東京、大阪、名古屋に各々中小企業投資育成株式会社が設立された。このうち大阪に設立されたのが、本件増資新株を引受ける大阪中小企業投資育成株式会社である。

2  このような育成会社は株式会社の形態を有しているものの、前記特別法に基づいて設立されたもので、資本金の約四〇%は国及び地方公共団体の出資による半官半民の会社であり、財政投融資々金を借入れて、これを中小企業に投資する公共的な投資育成機関として「中小企業投資育成株式会社法」及びこれに基づき制定された「事業に関する規程」によって次のような規制を受けている。

(イ)  代表取締役及び監査役の選任、解任には通産大臣の認可が必要(同法七条)

(ロ)  営み得る事業の範囲は法定されている(同法八条)

(ハ)  業務開始に際し、その営む事業に関する規程を定めることを要しこれについて通産大臣の認可が必要(同法九条)

(ニ)  毎事業年度の初めに、事業計画、資金計画収支予算を定め、これにつき通産大臣の認可が必要(同法一〇条)

(ホ)  定款の変更、利益金の処分等についても通産大臣の認可が必要(同法一一条)

(ヘ)  営業区域の規制(同規程四条)

(ト)  保有株式を処分する場合には、その処分先、処分価額につき中小企業庁長官の承認が必要(同規程九条三項)

3  育成会社の引受けた株式の特殊性

(1)  育成会社が引受け保有する株式については、設立の目的からして、種々の制限が加えられている。すなわち

(イ) 育成会社の株式保有限度は投資先の発行済株式の一五ないし五〇%とされており、これは安定株主となるためであって、役員の派遣は勿論のこと、経営に参加することは一切禁止され、全く経営権に関係のない株式である。

(ロ) 中小企業の育成を目的としているため、引受けた株式は長期間保有する必要がある。従って通常五ないし一〇年の長期に亘って保有され、この間この株式は流通性を欠く凍結株となる。ちなみに被申請会社の場合右保有期間は一〇年である。

(ハ) また、右保有期間経過後、これを処分する場合には前述のとおりその処分先、処分価額について中小企業庁長官の承認を必要とする。

(2)  右のとおり育成会社の引受けた株式は経営権に全く関係なく、自由に処分することも出来ずに長期間の保有を義務づけられているのである。

従って右の如き義務を負う育成会社が増資新株を引受けた場合に、その株式保有により得る利益は、毎期の利益のうちから株主に還元される一定の配当金のみであり、これは自己資本の充実という目的のために株式投資の形式がとられ投資された資金は資本に組入れられるがその実態はむしろ金融(融資)に近いものである。投資先の会社が利益を上げ順調に配当を続けておれば幸いであるが、そのような会社ばかりとは限らず、無配に転落する場合もあり得る。この場合にも自由に処分することは許されず、投資した資金(元金)の保証はない。このため、育成会社の危険負担は大きい。

(3)  このような制限あるいはこれによる危険負担を考えるならば、育成会社の事業は会社の公共的性格ゆえに営み得るもので、他の民間会社あるいは個人ではなし得ないものであり、且つその引受けた株式は特殊なものである。

(三) 本件新株発行価額の決定ならびにその算出方法について本件新株発行価額は「中小企業投資育成株式会社法」第九条及びこれにより制定され、通産大臣の認可を受けた「事業に関する規程」に基づいて定められた左の評価算式により算出される評価額によるものである。

評価額=1株当りの予想純利益×配当性向/期待利回り

右算式は、新株引受後期待し得る予想配当額を期待利回りで還元して元本たる引受価額を算出するものであるが、これは東京、大阪、名古屋の各育成会社三社共通のものである。

大阪投資育成会社は、一般産業界の動向、毛織業界の将来性、被申請会社の実績およびその将来性を考慮して、一株当りの利益を五〇〇円、配当性向を一五%、期待利廻りを一一、五%と各計数を算定し、これを右算式にあてはめて評価額一株金六五二円を算出、これに基づいて発行価額を一株六五〇円と決定したものである。

なお、一株当りの利益を算出するために用いた今後の予想、税込利益は九〇〇〇万円で、これを株式数一八〇、〇〇〇円で徐したものである。

(四) 本件新株発行価額の適否ならびに商法二八〇条の二第二項に定める株主総会決議の要否について

1  本件新株発行価額は前記のような育成会社の性格、行政の監督、法令上の制約のもとに定められた価額であるからその公正さは制度的に担保されており、だからこそ前記のように育成会社は過去一六〇社(同じ評価方式をとる東京、名古屋の分を加えるとこの約三倍と考えられる)の未上場株式の評価を専門的に行いこれによる評価額は証券会社においても高く評価され、又国税庁においてもこれを「新株の払込期日における価額」と認めているものであり、過去に投資育成会社が決定した発行価額について、それが「特ニ有利ナル発行価額」に該当するとして株主総会の決議をなしたものは皆無である。

2  仮に被申請会社の旧株式の時価が六五〇円を上回るとしても本件新株発行価額一株六五〇円は商法二八〇条の二第二項にいう「特に有利な発行価額」に当らない。

(1)  右の「特に有利な発行価額」とは通常新株を発行する場合に発行価額とすべき価額すなわち公正ないし適正な発行価額と比較して特に低い価額をいい、しかして公正な発行価額というのは旧株式の時価そのものではなく、抽象的には新株発行により企図される資金調達の目的が達せられる限度で旧株主に最も有利な価額と解せられている。そして具体的には一般公募の場合に市場価額の一割ないし一割五分程度の低い価額で公募価額が決定され、一応これを公正な発行価額とされている。

(2)  すなわち一般公募の場合には、引受けた者はいつでも自由にこれを処分することができるため、その引受価額については株式を売却する時の価額、すなわち処分価額を基準にして決定されることは十分理由がある。しかしながら、企業の結合を目的とする場合とか、本件の如き取得株式につき種々の制限を受けた者が引受ける場合には新株を処分することは当分予想されないのであるから、処分価額は一応の基準となるとしてもこれを重視することはできず、引受ける者がだれか、その目的は何かを個々に検討して決定する必要がある。

しかして、本件は公共的な投資機関である育成会社が中小企業の安定株主となってその育成を図る場合であり且つ前記二、(二)で述べたように経営権への参画も許されず長期に亘って保有することを義務付けられている株式であるから、この場合の公正な発行価額を一般公募の場合と同額と考えることはできない。育成会社が行う投資の実態はむしろ引受けた株式を担保にして融資することに近いものであり、右特殊性を考えて育成会社が引受ける場合の公正な発行価額を求めるべきである。

(五) 株式評価の方法について

1  取引相場のない株式の評価については申請人主張の各方法があるが、いずれを採用すべきかについては、当該株式評価の目的が何であるかによってそれに応じたふさわしい方式を選択しなければならない。本件においては「被申請会社が昭和四五年五月二七日を払込期日として大阪中小企業投資育成株式会社に割当てた増資新株の適正な発行価額」が問題になっているのである。

2  株式評価の理論において会社支配権を有しない株主の持つ株式の価値は配当請求権にあると考えられている。本件新株の引受人である右投資育成会社は会社支配権を行使することなく、投資により得る利益は配当のみで、投資先企業を育成する義務を負っており、右支配権不行使及び育成義務は行政的監督により担保されている。したがって、その引受価額(発行価額)決定の前提としての株式評価は配当還元方式によりなさるべきである。本件審理において提出された資料もこのような見地から配当還元方式を採るものが多い。

そして、配当還元方式により評価することにつき必要な配当金額或は配当性向の予想は、他の企業の平均値などから、配当すべき金額を算出するという手法によるべきでなく、当該企業の実態及び予測、一般的経済状況、業界の先行きなどから、株主に還元される配当金として実現する可能性ある金額を算出、予想すべきである。

また、非上場株式の場合には、内部留保益が株価に及ぼす影響は上場株式に比べて非常に小さなものであり、それは配当決定についての要因として考えられるに過ぎず、且上場株式と比較する場合は当然市場性価値を差引くべきである。

3  国税庁の類似業種比準方式は、相続税、増与税の課税上ある程度統一的な評価方法を定める必要に迫られて行政事務処理の為の一般的基準として定められたものであり、同じく課税の為の評価を要する所得税、法人税の場合にすら、この方式を直ちに適用しているものでもない。

まして、これから新株に投資しようとする者と新株を発行して資金調達しようとする会社との間でどの様な発行価額を決めるのが合理的かという見地から時価をある程度下回る一定の範囲の価額を求める場合においては、そのまま適合するものではないのである。

仮りに、本件において、右方式を借用する場合には次に述べる諸点に留意すべきである。

イ、即ち、この方式では同族株主と非同族株主との区分をしているが、本件の場合では育成会社が同族株主に該当するか否か(会社支配権を有するか否か)によって区別されることとなるところ育成会社は支配権がないので非同族株主に該当するものである。

ロ、また、この方式は大、中、小の区分をし、大会社について類似業種比準方式を採用しているのは大会社はいつでも上場が可能であるという性格を前提としているのである。この通達は昭和三九年四月二五日付で制定されたものであり、当時は証券取引所上場審査基準が資本金一億円以上で本通達と合致していたところ、現在の上場審査基準は資本金三億円以上、税引前利益一億五千万円以上であって本通達は実情にあわなくなっており、また被申請会社程度の会社は上場が非常にむつかしくなっているのである。右実情から考えれば被申請会社は中会社に該当すると考える。

ハ、この方式においては被申請会社は「製造業」として判断さるべきである。

ニ、また、市場性価値を差し引くべきである。

4  申請人は泉大津税務署が、申請人が昭和四五年一〇月三一日に買受けた被申請会社の株式について一株二、二六五円と査定したというが、同税務署はこれに基づいて課税したことはないのである。これは、税務当局においてすら、相続税、贈与税以外の場合には相続税評価基本通達に定める評価基準に基づいて課税しているものでないことを示すものである。

5  以上に述べた諸点を考慮に入れてなされた神戸鑑定によれば適正な発行価額は六七九円とし、疏乙一一号証(日下部、桶田鑑定)では五〇〇円から七五五円の幅の中に存在するとし、疏乙一二号証(柴川鑑定)によれば五三二円から七一〇円の幅の中にあるとし、疏乙一三号証(野村証券株式会社引受部作成の鑑定)は本件発行価額程度であるといい疏乙一七号証の一、二(木村意見書)は五〇〇円から八〇〇円という発行価額を不当とする根拠は見いだされないという。また疏乙一八号証(中島鑑定)は六〇〇円から七九〇円と算定されるという。

従って本件発行価額金六五〇円は「特に有利な発行価額」すなわち公正な発行価額と比較して特に低い価額ということはいえない。

6  よっていずれにしても本件新株発行は商法二八〇条の二第二項の場合に該当せず、株主総会の特別決議を要しなかったものであるから、それを経なかったことに何ら商法違反の事実はなく申請人の申立は失当である。

(六) 本件新株発行により申請人の蒙る損害に関する申請人の主張について

通常新株が有利な発行価額で第三者に割当てられた場合に旧株主が蒙る損害としては安価な株式が取引の対象として市場に出ることにより従来の取引価額を低下させるおそれのあることをいうのであり、これにつきるのである。

ところが本件の場合には本件新株を育成会社が引受けたとしてもこの新株は長期に亘って凍結されるもので取引の対象となり得るものではないのであるから何ら従来の取引価額を低下させるおそれはなく、何ら申請人が損害を蒙るおそれはない。

かえって、育成会社の投資を受けることによって信用の増大等有形、無形の多大の利益を附与し、発行会社の成長発展につながり、ひいては旧株主の経済的利益の増大する可能性の大なることは明らかである。

この点は発行価額の算定に当っても十分考慮すべきことである。

三、本件仮処分決定により被申請会社が蒙っている損害について、被申請会社は前記二、(一)に述べたとおりの経緯でその目的達成のため新株発行をなそうとしたのであるが、本件仮処分決定により、その発行手続は今日まで一年七ヶ月の長きに亘って停止されたままの状態であり、このことにより被申請会社は当初予定した設備投資計画に重大な齟齬を来し、更には従業員及び下請け業者を含む取引先に疑惑を抱かせることとなり対外的信用の失墜を招くこととなった。これによる損害は莫大であり、申請人の主張する損害に比すべくもないのである。

この点においても、本件仮処分決定は取消されるべきである。

(証拠)≪省略≫

理由

第一、被申請会社取締役会が昭和四五年五月二日記名式額面普通株式八〇、〇〇〇株を発行し発行価額を一株につき六五〇円とし、これを全部大阪中小企業投資育成株式会社に割当て払込期日は昭和四五年五月二七日とする旨の決議をなしたこと、当時申請人は右会社の八、九〇〇株の株主であったことは当事者間に争いがない。

第二、そこで、右発行価額六五〇円、商法二八〇条の二第二項の「特ニ有利ナル発行価額」に当るか否かについて検討する。

一、≪証拠省略≫によれば、被申請人の主張二、(一)の事実が認められる。

二、≪証拠省略≫によれば被申請人主張二、(二)((3)を除く)、(三)の事実が認められ(る。)≪証拠判断省略≫

三、≪証拠省略≫によれば次の事実が認められる。

(一)  被申請会社が繊維製品の製造販売並に加工請負を目的として昭和三五年一月五日設立され、毛布、布団、シーツ、タオル、寝装品、パナマ製品を製造販売している株式会社である。

(二)  現在、発行済株式総数は一〇〇、〇〇〇株、資本金は五千万円であり、株主の内訳は昭和四五年四月一〇日現在で臼谷陽三を中心とする臼谷系四三、九八〇株、深井弥之助を中心とする深井系一七、六四〇株、大津毛織株式会社二〇、〇〇〇株、従業員一二、四五〇株という状況である。(一万株以下は掲記しない。)

(三)  資本構成 昭和四二年八月(8期)円 昭和四三年八月(9期)円 昭和四四年八月(10期)円

資本金        五〇、〇〇〇、〇〇〇    五〇、〇〇〇、〇〇〇    五〇、〇〇〇、〇〇〇

使用総資本   一、一一四、八五二、〇〇〇 一、一一一、四三一、〇〇〇 一、四四一、七四二、〇〇〇

自己資本      一四六、一〇二、〇〇〇   一七六、二〇四、〇〇〇   二一七、九一九、〇〇〇

(価格変動準備金)  一一、二一六、〇〇〇    一五、三五〇、〇〇〇    二二、三五〇、〇〇〇

(四)  業績

売上高     一、九九二、五二六、〇〇〇 二、三七三、一一一、〇〇〇 二、七三九、一一七、〇〇〇

売上原価    一、六三七、六六三、〇〇〇 一、九五〇、五一九、〇〇〇 二、二五四、三〇六、〇〇〇

一般管理費     二九五、七四二、〇〇〇   三五五、九一七、〇〇〇  四〇一、三七二、〇〇〇

営業利益       五九、四二一、〇〇〇    六六、六七五、〇〇〇    八三、四三九、〇〇〇

営業外利益       五、九九七、〇〇〇    一五、九六〇、〇〇〇   二五、五七八、〇〇〇

当期純益金      三四、六一五、〇〇〇    四〇、〇〇二、〇〇〇   五二、〇一六、〇〇〇

配当金総額       六、〇〇〇、〇〇〇     六、〇〇〇、〇〇〇    七、五〇〇、〇〇〇

法人税等引当金    三〇、〇〇〇、〇〇〇    三五、〇〇〇、〇〇〇   四三、〇〇〇、〇〇〇

(五)  比率

当期利益率(税引後)      六九・二%         八〇・〇% 一〇四・〇%

配当率             一二・〇%         一二・〇%  一五・〇%

配当性向(税引後利益に対する) 一七・三%         一五・〇%  一四・四%

一株当り配当額           六〇円           六〇円    七五円

((注)(三)、(四)の数字は四捨五入したものである)

四、取引相場のない株式の評価については、申請人主張のように(1)純資産方式、(2)収益還元方式、(3)配当還元方式の各方式があるが、このうちどの方式を採るべきかについては、その目的が商法二八〇条の二第二項の「特ニ有利ナル発行価額」を判定するためのものであること、被申請会社の性質、規模等の具体的事情、株式引受人たる第三者の具体的事情、および業界の経済的動向等諸般の事情を考慮して決定すべきである。

(一)  前記認定の事実からみれば、被申請会社は、現在は臼谷系が支配権をもった中程度の株式会社で、同族的な性格をもった会社であると考えられ、また、株式引受人たる中小企業投資育成会社は支配権を行使することができず、一〇年間株式を保有することを義務ずけられており、その結果右会社の引受ける株式は支配権がなく、長期保有を義務ずけられ譲渡性がない(それだけ危険がある)性質のものと解される。

ところで、一般的にみれば、支配権をもたない株主の株式の価値はまったく配当請求権に帰一するといわれる。それは支配権のない株主は株主権のうち配当請求権以外に実益をもった権利を有さないからであり、(会社が生産活動を継続する限り残余財産分配請求権は問題にならない)また、大衆投資家の直接の利害はもっぱら配当請求権にあるからである。

本件の中小企業投資育成会社も支配権の行使を禁ぜられており、投資による資本の回収のみを目的として株式を取得するのであり、この点で大衆投資家と同じである。

(二)  類似会社比準方式は国税庁が「相続財産評価に関する基本通達」で採っているところであるが、この方式は現に取引がなく、したがって当事者の合意による価額決定がない相続財産の評価のために便宜事業の種類、資産の構成、収益の状況、資本金額等の類似した上場会社の株式の取引所相場を基準としてこれに一株当りの配当、利益、純資産などの比率割合による修正を加えて算出する方法である。これは取引相場のない株式を取引相場のある株式と同視する点でむりがあり、未来は取引相場がでてくる場合にはその適用については注意が必要であるし、また、それだけに厳格な類似性が要求されるわけである。また、この方式を使用する場合には市場性がないこと、譲渡性がないこと等の修正をするとか、上場直前の会社の株式評価にのみ限定してそのまま適用する等の工夫がなされている。(但し、基本通達上は申請人主張のような修正である。―同通達評一一七九参照)なお、本件で国税庁の基本通達によるときは被申請会社は中会社であり、非同族株主の所有するものについては配当還元方式によることになっている。(基本通達評一一八四、一一八五参照)

(三)  収益還元方式は一株当りの会社の収益力が必ずしも一株当りの株式の収益力を意味しない―利益の相当部分は内部留保にまわされる―から非支配株主によって所有される株式の評価には不適当であり、純資産方式は株式が会社資産に対する持分である面を強調するものであるが営業活動を継続する会社にとっては持分は観念的な形態にとどまるものであるからその適用は小規模な会社か解散直前の会社に限らるべきである。

(四)  以上の諸点から本件では配当還元方式により評価さるべきものと解する。

(五)  次に配当還元方式を採るとして、その考慮すべき事項を検する。

(1) 配当還元方式の方程式は一般に次の式で表わされている。

評価額=1株当り(年間)配当予想額/期待利回り

(2) 分母については期待利回りの外、標準利回り、正常利回り、期待利子率、一般利子率+リスク負担率、あるいは投資収益率として≪証拠省略≫に掲げられ、これらの証拠によれば一一パーセントないし一三パーセントの数値を当てるのが妥当である。

(3) 一株当り(年間)配当予想額については配当可能な利益によるべきであると解するので税引後の利益によるべきものと考える。

(4) 配当性向については被申請会社が一〇年後を目標として株式を公開しようとしている点より現に株式を公開している会社の配当性向の平均値によるべきでなく、被申請会社について具体的に検討すべきものと解する。また、一〇年後の結果はその当初である現在における株価には殆んど影響がないと考える。

(5) そこで各鑑定をみていくと、疏甲二九号証および証人高寺貞男の証言によれば株式を公開している会社の平均値に修正をして配当性向を二〇パーセントとし、これによって算出された株価一三〇九円から被申請会社に関して要する会社育成料を控除すべきものとし(なおこの鑑定は一株当り予想利益について税込で計算し、内部留保金等も含ませている。)、疏乙一一号証は具体的に検討したうえで配当率を一五パーセントとし、楽観値をこの値の一〇パーセント増、悲観値を一五パーセント減として、株価を四九二円から七五五円の間に落着くものとする。

また疏甲三〇号証は増資後の資本金九〇〇〇万円に対する配当率を二二パーセントとして配当還元方式による株価を九五七円とし、疏乙一二号証は具体的に検討して別な方程式により株価を五三二円から七一〇円の間としている。

なお、疏甲三二号証の一、二は検討することなく単純に株式を公開している会社の平均値によっている点で、疏甲三一号証は具体的な検討をすることなく被申請会社の八期、九期の一株当りの配当金によっている点および公開会社の配当利回りの平均値を採っている点で、疏乙一七号証の一、二、一八号証は検討することなく被申請会社の一〇期の配当性向を採る点でここでは検討の対象外とする。疏甲二九号証も公開会社の配当性向の平均値を立論の根拠とし、被申請会社が現在の配当性向を維持できなくなるとする点で不当であるが、修正を加えているので一応以下で検討する。

また、神戸鑑定は具体的に検討して配当率を最初の五年は一五パーセントにおさえ、自己資本比率を高めるため現在の内部留保率を維持し一株当りの配当額七五円、その後は三〇パーセント前後とし、一六八円ないし一七三円として配当還元方式による論理上の価額を一、三九〇円とし、市場性流通性のないことのハンディキャップを考慮に入れ三〇パーセント減の九七三円が評価額であるとする。

(7) 神戸鑑定、疏乙一一号証、疏乙一二号証および前記三、(四)によれば、被申請会社の主力の製品である毛布の国内需要は飽和状態に達し頭打の状態であり、小売価格は横ばいであること、大手商社や合繊メーカーも市場に進出しはじめ国内市場は競争が激化すること、国外においても韓国等の発展途上国が低賃金を基盤として繊維工業に進出し、追い上げており、かえって国内製品を圧迫することも考えられること、原料費は横ばいであるが、労務費、外注加工費が高騰しており、業界全体としても被申請会社としても停滞期にあり構造改善を要すること、したがって、現在においては売上営業利益率(昭和四二年から四四年までの事業年度で二、九四ないし三、〇五パーセント)、売上経常利益率(同年度期で三、二八ないし三、九八パーセント)、売上純益率(同年度期で三、一六ないし三、四七パーセント)、は微増ながら上昇しているし、売上総利益率の平均も一七、八パーセント、自己資本利益率は昭和四二年から四四年の間三二、九八ないし三四、四八パーセントと安定した業績を上げているけれども昭和四五年度以降はその低下は避けられず、今後は技術導入をはかり自社製品比率を高め、生産工程の一貫化を図り、流通機構の製備をはかることが必要で、財務の健全化を図りながらこれらの方策を実行するには自己資本比率を高めることが必要であること、被申請会社の自己資本比率は前同年度期で一五、四一ないし一九、四五パーセントであるが、上場会社の同業種の平均は三〇パーセント、中小企業の毛布製造業の平均は二八、五パーセント(以上いずれも昭和四五年のみ)であるから被申請会社としては少くともここ五年間は現在の内部留保率(約五六、一パーセント)を維持または増加しなければならないこと、したがって今後の予想配当は昭和四四年八月期の配当率一五パーセントを中心に考えるのが妥当であることがそれぞれ認められる。

しかし、このような計算書類は自社に保守的に算出されていること、企業環境の著しい好転、または前記の方策が早急に実施され収益増大に結びつくことを考慮に入れ右一五パーセントの二〇パーセントまでの増配をみこむことにする。

そうすると、配当率は一五パーセントを中心として一八パーセントを上限として計算すればよいことになる。

また、特に類似業種の会社と比較して利益の内部留保を多くし、配当を少くしている会社に配当還元方式を適用するのは株価の他の構成要素である利益、純資産等を全く無視することとなるから妥当でないとする見解があるが、以上の検討結果からみれば本件では被申請会社が内部留保を多くしていることのほうが合理的であると考えられるので本件で配当還元方式を適用することは不当ではないと解する。

(8) なお、財務の健全化、資金の調達は増資によればいいとの見解が考えられるが、資金調達等は取締役会の経営方針に任せられているところであり、増資といった手間のかかるものよりも内部留保によると決定したところでおかしくないと考える。

また、内部留保の多寡は配当性向、配当率には影響がないと解する。

(9) それで以上の数字を方程式に当てはめることにする。

評価額=75/0.11=682円

評価額=75/0.13=577円

評価額=90/0.11=818円

評価額=90/0.13=692円

(10) そうすると、評価額は五七七円から八一八円の間ということになる。

(11) なお、念のため昭和四二年八月期から昭和四四年八月期の平均配当性向を算出すると、それは一五、五パーセントでこれを昭和四四年八月期の当期純益金による一株当りの配当額五二〇円に乗じ〇、一一あるいは〇、一三で割ると七二七円ないし六一五円の値をえる。

(六)  国税方式を採用しなかった理由について前記四、(二)に加えて述べることにする。

申請人は類似会社比準方式中、類似会社を抽出してその会社との類似性を考慮する方法は本件では類似性に疑問があるが、国税庁の平均額表(疏甲二一、二二号証)による方法は妥当であるとするようである。

しかし、右の平均額表が国税庁で作成されたことはまちがいないところではあるが、その作成年月日、どのような会社をどのような基準で抽出し、どのような過程をへてこのような表になったのかが不明であるし、そのうえに、このような単純平均値を被申請会社に当てはめるのがどうして合理的であるかの疎明がない。

五、(一) 商法二八〇条の二第一項は新株の発行は原則として取締役会の権限に属するものとし、第二項で株主以外の者に対し「特ニ有利ナル発行価額ヲ以テ」新株を発行するには株主総会において、取締役がそのような新株発行を必要とする理由を開示した上その者に対して発行する株式の額面、無額面の別、種類、数および最低発行価額について株主総会の特別決議を得なければならない旨を定めている。これは会社取締役会の恣意的判断をチェックすることと、新株の発行により企図される資金調達の目的が達せられる限度で旧株主の被る不利益を極力防止しようとして設けられた規定である。そして、「特ニ有利ナル発行価額」とは右の限度で旧株主にとり最も有利な価額をいい、公正な発行価額と比べて特に低い価額をいうものと解すべきであり、具体的な価額については上場株についてすら争いがあるが、実務では発行価額決定の時における市場価格、或いはそれ以前の一定期間における市場価格の平均から、通常一〇パーセントないし一五パーセント下廻った価額で発行されることが多く、この場合には公正価額と推定されると解されている(疏乙二〇号証)。

被申請会社取締役会が大阪投資育成株式会社に対する新株の発行を決定した経緯については第二、一に認定したところであるがそこには恣意性はないと考えられるし、≪証拠省略≫によれば、右の新株発行によって被申請会社は増資の外に株式取得による経営支配の恐れなく株式上場基準に達するまでの再投資、再々投資が期待でき、かつ企業の社会的信用が増大し、取引先、金融機関等からの企業評価が高くなるという実益があるのであるから、本件の場合には絶対的に公正といえる価額があったとすれば、それより二五ないし三〇パーセント下廻っても「著しく不公正」とはいえないと考える。

(二) 前記四、(五)、(6)に掲げた鑑定による価格について検討すると、疎甲二九号証による価格は育成料も含めて三〇パーセントまで降ろすと九一六円となり、疎甲三〇号証は投資育成会社が本件株式を譲渡することが出来ない点、および長期保有による危険を考慮して三〇パーセント降ろすと六七〇円となり、神戸鑑定についても右と同様に三〇パーセント降ろすと六八一円となる。

なお、疎乙一一号証、一二号証は危険負担増加率、差引率として考慮済みであるからここでは考慮の必要がない。また、四(五)(10)の評価額については右の点も包括して算出したのでそのままで以下の考慮を進めることにする。

(三) 以上のすべての評価額を掲げてみる。

疏甲二九号証 九一六円

疏甲三〇号証 六七〇円

神戸鑑定   六八一円

疏乙一一号証 七五五円ないし四九二円(中間の価格六二四円)

疏乙一二号証 七一〇円ないし五三二円(右同 六二一円)

四、(五)、(10) 八一八円ないし五七七円(右同 六九七円)

四、(五)、(11) 七二七円ないし六一五円(右同 六七一円)

(四) このような評価額からみれば本件の新株発行価格六五〇円は低い価格ではあるが、著しく不公正な価額とは解しがたい。

六、また、右に述べた株式価額と本件新株発行価格の差額によってこうむる申請人の財産的損失と≪証拠省略≫によって認められる本件新株発行を差止めたことによってこうむっている被申請会社の取引先に対する信用失墜、設備投資の遅延、従業員下請業者の不安を衡量すれば保証をもって疎明に代えるべきではなく本件新株発行を差止めることは妥当でないと考える。

七、したがって、当裁判所が申請人が保証として一千万円を供託することを条件としてなした申請人被申請人間の昭和四五年(ヨ)第七一号新株発行差止仮処分事件につき昭和四五年五月二二日なした仮処分決定を取消し、本件仮処分申請を却下することとし、申請費用の負担については民事訴訟法八九条を、仮執行の宣言については一九六条を各適用して主文の通り判決する。

(裁判官 北谷健一)

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